瞳生式いけ花

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人は何故花を愛でるのでしょうか. . . . .

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空(くう)の命

今から2300年ほど前、この地上に1人の偉大な哲学者が現れた。
ガウタマ・シッダールタだ。
彼は瞑想と云う画期的な方法で「空」と云う境地に達した。

光があるから影があるように、迷いがあるから悟りが在り
悟りがあるから迷いも生じる。
故に悟りはまだ迷いの内であり、この悟りさえも超えた状態を「空」と説いた。
ガウタマ・シッダールタはこの「空」と云う状態を体感した数少ない人間のひとりだ。

しかし
この「空」と「人」との間には深い溝がある。

その深い溝を探ると
執着と云う人間特有の現象が見えてくる。
そしてこの執着を突き詰めると
命への執着に行き着く。

ガウタマは幼い頃、虫をついばむ鳥を見て命の儚さを知ったと云う。
人はやがて老い、病に倒れ死んでいく。

人の苦悩を突き詰めると、この「老病死」に行き着く。
それは苦悩の根源がこの命への執着にあると云う結論に達する。

老いる事も無く、病む事も無く、死ぬ事も無いとすれば
すべての苦悩、そして欲は存在しえないだろう。

そしてそんな欲のない命を
私は花の中に見いだす事が出来る。

植物に欲があるとしたらそれは種を残す、
この一点に限られる。
これは他意のない欲であり
人間の持つ様々な欲とは比べる事も出来ないほど崇高なものだ

花を活けると云う事は
それを具体的に実感出来る行為だ。

例えば
枝は幾つもの方向に伸びるが
その中から一つの線を見い出し他を切り落とす。
そして花もまた同様に幾つかを切り落とす。
それは残された花の命を際立たせ、さらにその命を長らえさせる事になる。
花の命はその花の個の命ではなく全体の命で、無我の命なのだ。

深い森の奥で朽ち果てた老木は苔生し
種々の植物の命を育む。
それは種を超え共生し、あらゆる命を育む事になる。


万年前に埋葬されたネアンデルタール人の遺骨が
イラクのシャニダール洞窟で発掘された。
そしてその周りからアザミ、矢車草、タチアオイ他
8種類の花粉なども同時に多数発掘された。
これが人と花との関わりを示す最古の証拠ではないかと
考古学の世界で話題を呼んだ事がある。

人は民族、宗教、時代を越え
死者に花を手向ける。

花はやがて散るが結実をし
そしてまた新しい命を育む。

空(くう)の命、花は永遠の命の象徴なのだ。
だから人は花を愛で
愛する者に花を捧げるのだろう。

そんな事に憶いを巡らせ
今日もまた花を活けるのです。

瞳生 拝